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2015年3月10日火曜日
物語を創り、産まれ直すということ
〈高橋君の小説に、私はすっかり驚かされました。あまりにひどい文章に、頭痛がしてきて、吐き気をこらえるのが大変だったのです。数行を読んだ時点で思いました。私の時間を返して欲しい、と〉
高橋君は入学したての高校一年生。ほとんどダマしうちみたいな手口で部員不足の文芸部に入部させられ、その上またダマしうちみたいな手口で中学時代書きかけて未完に終わった小説を先輩に読まれ、その上さらに(まだかよ!)先輩からこんな感想が突きつけられた。果たしてキミだったら、再び立ち上がることができるだろうか。つまり、高橋君の高校生活のスタートは、クソみたいに最悪だったってこと。そもそも彼はまれにみる〈不幸力〉=不幸を引き寄せる運の持ち主で、一日に何度も自転車にひかれ、紙に触れば高確率で指を切り、レストランに入れば自分の料理だけ忘れられる。そんな主人公が文芸部の存続をかけて一編の小説を書き上げるまでのドラマを描いたのがこの作品だ。
まず注目すべきは、この小説が二人の人気作家・中村航と中田永一の二人による合作だということ。彼らがアイデアを出し合い、交互に原稿を書き継いで一編を完成させた。まずはそこで面白さ×2の可能性が高まる。
また、とくに中田永一については別に「乙一(おついち)」の筆名で多くのラノベやミステリー小説の著作があり、すでに愛読している諸君がいるかもしれない。
さらにもう一点、この小説の「キャラクター」や「プロット」が、芝浦工大の開発したコンピュータソフトを使って作られたという点も特筆すべきだ。〈小説〉と〈コンピュータ〉って何となく〈文型〉と〈理系〉の典型みたいで正反対のイメージを持つかも知れないが、実は多くのハリウッド映画やゲームのシナリオも、ある一定の公式(シナリオ理論)にのっとって構築されているという点では、きわめて数学的な要素を持っているといえるのだ。ちなみに中村も中田も共に工業大学出身。
この作品には対照的な卒業生OBが二人登場する。一人はゲームクリエーターの原田先輩。社交的でスマートな言動や、シナリオ理論を駆使して有益なアドバイスをくれる等の面倒見の良さで後輩たちに絶大な人気を誇るいい人キャラ。
一方、その対極を行くのが、まだ一作も作品を完成させたことがない自称小説家「御大」こと武井先輩。文学への情熱だけはハンパないが、そのアツ苦しさ・貧乏くささで部員から疫病神のように忌み嫌われる迷惑キャラ。でも、神出鬼没のぶっとび行動がいちいち笑え、激アツな「言葉の力」がグサグサ高橋君を、さらには読者を串刺しにして圧倒的に存在感があるのは、〈地上を俺の言葉で焼き尽くす〉と豪語する御大の方。〈物語を創るというのは、生きるための道を自分で発見するということだろ?〉という御大の問いかけが、実はある複雑な出生の秘密を持つ高橋君に、一つの〈産まれ直し〉の自覚をもたらす。人は誰しも、まず生物として母の胎内から産まれ落ち、やがて自らの意志でもう一度産まれ直さなければならないのだ。
(2014年、KADOKAWA、262ページ、難易度:1)
(執筆者:横倉浩一)